2013年10月02日

「宮沢賢治の世界」大阪公演 アンケート




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いただいたアンケートより抜粋して掲載しております。
ご来場くださった皆さま、またこうして貴重なご感想をお寄せくださった皆さま、
こころより感謝申し上げます。

当日の写真とご報告はこちら

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感動しました。本当に素晴らしい時間でした。もっともっと、聴いてみたい。自然と涙が出る体験をありがとうございました。賢治の世界は奥が深く、もっと学んでみたいです。また来ます。(N.M.さん)

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開演前に 初めて「ことばの家」に来させていただきましたが、場の気配、細やかな心配りに感動しています。
めくらぶどうと虹 短い時間でしたが、人生のきらめき、美しさ、本当の意味での謙虚さを教えていただきました。息遣いも宇宙を表現している様に感じられる舞台でした。
虔十公園林 ゆっくりとした語りを聞いていると、その情景がありありと目の前に現れ引き込まれていきました。魂の声に従った行為こそが生きる意味、生かされる意味だと感じました。
素晴らしいアトリエ公演でした。また是非観に来たいです。ありがとうございました。
(H.J.さん)

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涙がとまりませんでした。ほんとうに素晴らしかったです。素晴らしい時間を与えていただいたことに、ご縁をいただけたことに、心から深く感謝しています。
一瞬一瞬に魂を込めて生きていきたいと、強く思いました。ほんとうにありがとうございました。心からの感謝を込めて。(S.Y.さん)

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めくらぶだうと虹 豊かな実りの秋の風景が広がりました。「いいえ、あなたもわたしと同じです」と繰り返されることばが、こころに響きました。衣装もとても素敵でした。
虔十公園林 のびのびとすっくり育った杉の木が、虔十の気持ちのようにまっすぐと立っていました。まわりがどんなに変わっても、これだけは譲れない芯の強さに勇気をもらいました。自分を信じていこうと思いました。

とても趣のあるアトリエですね。落ち着いて言語造形の世界にひたれる幸せを感じました。ありがとうございました。(T.Y.さん)

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虹は、実に神々しく、大きな、とても大きな空を生み出していました。その大きな空間で、ぶどうを優しく包み込んでいて、素晴らしい光を放っていました。よかった。

ぶどうは、虹の生み出した広がりの中で、とても切実な想いを、まっすぐ、まっすぐ届けようとしていました。その一本気な想いは、しっかり虹に届いていたと思います。(果たしてぶどうは救われたのでしょうか?ちょっと気になります。^-^)二人とも実に清々しく、美しかったです!

虔十は迫力すごかったです。もちろん一つひとつの言葉はすごい力を発揮していました。ただ、ずっと同じリズムなのが私にはちょっと残念。。もし、リズムに山あり谷ありがあれば、一つひとつが繋がってそこにドラマが生まれると思うのですが・・(それは言語造形の目指すものではないのかな?素人意見ですみません)(I.A.さん)

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めくらぶだうと虹 聴かせていただいていて、だんだんと呼吸が深くなりました。千晴さんと夏木さんの内側の深いところが伝わってくるように感じました。自分自身も今日この作品を聴かせて頂いたことがとても有難かったです。またぜひソロも共演も聴かせて頂きたいです。
虔十公園林 時間の感覚を忘れたように、自分が大切にしていることを思い出させて頂いたような特別な時間と空間の中に居させて頂きました。

二つの作品、これからも自分の中に大切に置いていきたいと思います。本当にありがとうございました。(M.D.さん)

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語り、落語、と耕志さんの表現は拝聴したことがありましたが、千晴さん、夏木さんの声は初めてでした。声の響きが波となって強く届き、丹田が震える感じがしました。澄んだ声が虹のイメージと重なり、心地よかったです。

耕志さんの語りは、間や空間を感じるので立体的です。人の存在感、緊張感が立ち登るので、場所を越えてイメージが拡がります。常に人や自然、日常の中で感謝することの大切さ、それこそが幸せに通じるというメッセージを、表現の奥に感じる、よい体験でした。(A.D.さん)

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めくらぶだうと虹 強い声で一音もゆるがせず語ってくださって、もしも文字で読んでいたなら感じ切れずに終わっていただろう世界を体感できた気がします。千晴さんと夏木ちゃんのコンビネーションも素敵でした。
虔十公園林 40分があっという間に過ぎました。全身全霊で語っていただく物語は、聴き手をしっかりとらえて離さないものだと知りました。お話へのたぎり立つような情熱をもって語ったことがなかったなあと思います。でも今日、聴き手としてプレゼントしていただいて幸せです。(M.M.さん)

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虹のお母さんに、めくらぶどうのなっちゃん。ぴったり合ってとても良かったです。語りって、子どもも輝かせることができるんですね。なっちゃん、キラキラしていました。すごい!
諏訪さんの語り、いつもながら聴き入ってしまいました。ありがとうございました。
(H.S.さん)

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めくらぶだうと虹 遅れて入場してしまい、大変失礼いたしました。ふすまの隙間からのぞくと「ムラサキ」の光いっぱいで、舞台が輝いており、驚きました。皆さんが重ねてきた日々の豊かさが咲いていて、私のなかに、慈愛の雨が降って虹が架かりました。
虔十公園林 私の実家の隣にいる柿の木は、「うーやんの柿」と呼ばれています。逢ったこともない、私のひ・ひ・ひいおじいさん。今年も美味しい柿が実ってきました。虔十のようにうーやんも植えたのかな。私もこどもたちのようにはしゃいでおります。(M.A.)

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久しぶりに「言葉のエネルギー」の朗読を聞いた。いや!、初めてかもしれない・・・
ただ文を目で読んでいるだけと違って、心に染みる。本当にありがとう。(M.T.さん)

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めくらぶだうと虹 魂に響く美しいお話ですね。神さまと私との対話という感じです。あこがれ、ときめき、尊敬、と同時に、力のなさ、焦り、やるせなさなどを余すことなく表現された作品。
虔十公園林 純粋さを思い起こさせてくれる作品。堪能させていただきました。

“親子公演”、愛いっぱいで素晴らしかったです♡(T.S.さん)

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本日の公演を聴くことができて、ほんとうに良かったです。言葉から広がるイメージが、こんなにも豊かであることにびっくりしました。どこかで杉林を見たら、きっと、帝塚山のアトリエのことを思い出して、ひとつの原点であったと確認することができそうです。何の原点かは、今はまだ言うことができませんけれども・・・。それから、家族ってとてもステキですね。素晴らしいと思います。どうもありがとうございました。(I.T.さん)

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めくらぶどうと虹 聴いていてすごくドキドキしました。演じるお二人の声によって、賢治の見ていた世界が、植物の葉が生い茂るように部屋に編まれてゆくように感じた。大地に根を張り姿を変えてゆくもの、空に輝くはかないもの、姿も形も違うもの達が、もっとずっと細やかで霧のようないもちの粒を通してことばを交わしているように感じた。そして自分もそのいのちの霧にとりまかれ、熱くて熱くて仕方がなかった。
虔十公園林 で、こちらが始まって、はあと落ち着いたと思ったら、またすぐどきどきし始めて、終わるまで物語の中でずーっとどきどきしっ放しだった。物語を聞くのは何
て面白いのだろう!早く次のお話が聞きたいなと、終わった瞬間に思った。

公演の前半のお二人のほうがお若かったと思うのだが、どうにも後半の方のほうがお若く見えて仕方がなかった。前半のお二人の余韻が老賢者のように自分の中で膨らんでいき、そのただ中に、虔十の心そのもののような若者がすっくりと生きて立っている風情で、何とも感動的だった。
本当に良いものを観ました。次回の公演を心待ちしています。ありがとうございました!(A.T.さん)

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ことばが空間を満たす。心にひびいてくる。目を閉じると、空が、虹が、広がります。
虔十公園林はとてもよかった。何かいい宝物をいただいたようです。(Y.H.さん)

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めくらぶだうと虹 夏木ちゃんの素晴らしい姿に感動です。親子の息の合った共演もとても素晴らしく、来てよかったです。
虔十公園林 耕志さんの言葉から、公園林の中に自分もいるようなリアルを感じました。初めての体験でしたが、とてもとても素晴らしい公演でした。
また来たいと思います。ありがとうございます。(N.S.さん)

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素晴らしい時間をありがとうございました。今日、身体に入ったものを、日常の中で少しずつ放出してゆきます。(Y.T.さん)


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めくらぶだうと虹 演者の呼吸の間合いの妙が大変面白かったです。夏木さんの張りつめた緊張感が、こちらの胸を打ちました。素晴らしかったです。
虔十公園林 話の内容がすらりと入ってきました。臨場感がすごかったです。

言語造形とは能のようなものかと思います。観る者を変性意識へと誘うのです。
(M.T.さん)

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素晴らしい言葉の芸術、いつも私の心をせつなく締めつけています。やがて美酒にも似た陶酔の時を与えてくれました。
「心に響く調べが、ひとつになるとき、ハーモニーと共に絆が生まれる」(K.Y.さん)

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めくらぶだうと虹 夏木ちゃんの声がどっしりしていて、よく響いてきました。千晴さんの大きな包み込むような空気と、まっす射し込むような光の声が心地よかったです。お話はとても悲しいものでした。一瞬で消える命を考えてしまいます。
虔十公園林 子どもたちが誇らしげに遊ぶ杉の林が目に浮かびます。「小さなおうち」の絵本を思い出しました。ことばの家が、そんな空間になるとよいですね。(H.T.さん)

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短い一言でも、感じることはたくさんあって、それがきれいなイメージを浮かばせてくれたり、優しさで包んでいるようだったりで、よかったです。ありがとうございました。(K.Y.さん)

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めくらぶだうと虹 とても高貴で美しいお話ですね。知りませんでした。宮澤賢治その人らしい。きれいで深いです。きれいな演じ手が、きれいな空間で、きれいに紡いでくれ、とても心地よかったです。
虔十公園林 小6の国語の授業で習った、好きな物語です。40分の公演で、このような物語になっていたのかと思いました。虔十は家族にとても愛されていたのですね。林は子どもにとても愛されて。今も虔十は林にいると思います。もう人目を気にすることなく、自然にとけこみ、子どもたちにキラキラささやき、笑い声をあげていると思います。

今日は来てよかったです。どうもありがとうございました。(N.Y.さん)

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めくらぶだうと虹 ほっと豊かな気持ちになりました。二人の掛け合いもおもしろいです。
虔十公園林 目前に情景が浮かんできます。登場人物の気持ちがよく伝わり、感動しました。これからも素晴らしい話をたくさん聴きたいと思います。(T.S.さん)

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めくらぶだうと虹 子どもの声っていいですね。本当に生命そのものという感じがします。教室で毎日聞かせてもらっている私は幸せです。パンフレットの「公演日までのわたしたち」の夏木ちゃんの様子、素敵だなと思いました。家庭でこういうことができるなんて。私も少しでもここで学んでいることを子どもたちの声に生かせたらと思います。千晴さんの声、いつもながら芯があって、美しいなあと思いました。
虔十公園林 久しぶりに虔十に会えました。自分の練習した作品を先生がしてくださって嬉しかったです。なんだか不思議な気持ちでしたが。博士の感動が深く伝わりました。また私も、いつかやりたいと思いました。ありがとうございました。(M.N.さん)

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朝、飛行機に乗りまして、伊丹空港が近くなりますと雲の下に出て、小さい建物、細かな道路が見えました。人は見えません。こんな小さなちっぽけな私達がそれぞれに悩みを持ち、困難を持って暮らしていることに、あきれました。今まで何度も飛行機から見てこのように同じように見ていました。でも、ふと今日は、小さい中にこそ真実、大事なもの、神といってもよいかもしれないけれど、美しいものがあるのではないかと思いました。たぶんそれは、一日だけですが「めくらぶだう〜」と「虔十〜」の話を予習して黙読してきたからだと思いました。
途中、(会場への)出入りがあると、そこから気が抜けて集中できなくなったり、まだまだ集中力が足りないなと思いました。黙って聴いていることや、時間通りに来ることが偉くて、そうでないのが偉くないと思っているからです。そういう気持ちが湧くな、沸いたな、と思いました。(観客の)子どもらが話すと、やはりそれを、めくらぶだうと虹が話をしている林や森のざわめきと思おうとするのですができません。私に十二感覚の言語感覚が正しく働いているのだなと思って、またお話に戻るのでした。
今日は来れてよかったです。予習した(読んだだけ)ですが、読んだ本が映画化されたみたいに、あれ?私のイメージと違うとか、そんな風に思いました。こういう一つの話をやりとりしながら、誰かと組み立てていけるような時が私にも来るかなと思って聴きました。ありがとうございました。(F.K.さん)

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めくらぶだうと虹 あっという間に、自然の中に立って、めくらぶどうや虹、草や鳥の会話を聞いているようでした。
虔十公園林 ハラハラドキドキ、胸がぎゅっとしめつけられ、最後は晴れやかな気持ちになりました。

どちらのお話も初めてで、次の展開をワクワクしながら聞いていました。裏が表に、表が裏に、言葉のアートを体験できて、とても刺激的でした。また参加したいです。うちの娘が「おねえちゃん、キレイ♡ カワイイ♡」と目をハートにしてました♡ (H.K.さん)

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一昨日の日曜日、「ことばの家 」主催、言語造形 語り・宮沢賢治の世界を観に行った。

会場に付くと、小さい女の子の可愛らしいナビゲート(履物を置く場所の説明)を受ける。
後で聞くと、演者の次女との事、素晴らしい。

公演場に入ると、ここで練習を重ねたのであろうという気が充ち満ちていた。

喜び、落胆、叱咤、そして笑いの感情。

演目は二部構成になっており、どちらも演者は素晴らしかったが、今回の白眉は小学校二年の演者、諏訪夏木さんだろう。

夏木さんは見ているのが辛くなるぐらい張り裂けそうに緊張していた。それはそうだろう。目の前にいるのは親といえるような大人ばかり。学校や習い事の発表会とは訳が違うのだ…

夏木さんは頑張った。思いつめたように前を見据え、頼りになるご両親が居る横を一度も見ることなく演じ切った。周りの息づかいで声を発するその技術に驚くとともに積んだであろう練習が思われる。ガラス細工のような繊細な小さな魂の力一杯の声を通しての表現が突き刺さるように胸を打つ。

公演が進むにつれ、落とした照明、動きの少ない演者、そして連なっていく言葉などで観ているものは軽い変性意識に陥り、能がそうであるように瞑想状態になり、出来た空間にみんなが共鳴していった。
空間には何もないようだが、全てがあるともいえる。いろいろな音、波動、周波数。そして、それらを観ることを「観音」と呼ぶ。
我々はあの日、しばしの間、観音意識を経験していたのだ。

諏訪家、そして関係者のみなさんで創りあげた空間に参加出来たことは本当に嬉しいことでした。ありがとうございます。 (整体師・森田豊彦さんのfacebookより)

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とても・・とても静かに・・つと涙が頬をつたう。そんな体験をしました。
「ことばの家」での言語造形講演・宮澤賢治の世界「虔十公園林」での出来事。
昔活字で読んだ「めくらぶだうと虹」。言語造形により、ものがたり中の光景が生き生きと美しく目の前に姿を現わす不思議・・・。
百年長屋での「おくのほそ道の語りの会」で「言語造形」という世界があることを初めて知り、この講演を聴きに行きました。豊かで感動的な素晴らしいひとときをありがとうございました。 (「百年長屋」中西緑さんのfacebookより)

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昨日、家族四人で、ことばの家で開かれた言語造形公演に行きました。
宮澤賢治の作品、「めくらぶどうと虹」を諏訪千晴さんと夏木さんが、「虔十公園林」を諏訪耕志さんが語りました。新しいことばの家での諏訪家親子そろい踏みの公演は初。私が、家族四人で言語造形公演に行くのも初。舞台に着くとそこには清涼な緊張感が。こちらは、秋の鱗雲の下をうちからぷらぷらと歩いていく道すがら、公演への期待を胸にとても朗らかな気持ちになりました。
夏木さんの小学二年生とは思えない張りのある聲、それを包み込むような千晴さんの柔らかで繊細な聲の調子。ぶれない虔十の生き方をくっきりと描き出した言語造形家・諏訪耕志さんの意志にあふれる聲。秋の一日、ミカエルの勇気とともに歩むことばの家の新しい姿をしかと見させていただきました。 (「空堀ことば塾」塙狼星さんのfacebookより)



posted by chiharu at 17:46 | Comment(0) | アンケート
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